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鵞鳥、嶺南を渡る
31 July 2026 | By 朱莉菲 | SISU
広東ではよく「珠江を泳いで渡りきった鵞鳥は一羽もいない」と冗談めかす。大げさに聞こえるが、街角の焼き物屋の軒先に、飴色に照かった鵞鳥がずらりと吊るされているのを見れば、なるほどと頷くほかない。

嶺南の地にあって、鵞鳥ははじめから決まった渡し場へ向かうかのようだ。ほかの土地なら、白い羽を水に浮かべ、詩に詠まれるだけの存在かもしれない。ところが広東の鵞鳥は、清遠の川辺からよちよちと上がったその日から、まるで別の道を歩み始める。骨が細く肉のやわらかい烏鬃鵞(ウーツォンガチョウ)は、炉端の火こそが似合いの舞台となるのだ。
初めて焼き鵞鳥の一部始終を目にしたのは、広州の西関にある老舗だった。年配の職人が、下ごしらえを終えた鵞鳥の皮下に静かに息を吹き込んでいく。まるで繊細な磁器を扱うように。空気が皮と肉のあいだを半透明の袋となって巡り、やがて「ガラスの皮」の下地ができる。そこに熱湯をかけて皮を引き締め、麦芽糖と酢を合わせた「皮水」を塗り、風通しのよい場所に吊るして乾かす。一連の所作には、筆をふるうようなゆとりがあった。
焼き鵞鳥の真骨頂は、炉の中にある。ライチの薪がくすぶるなか、皮下の脂がじわりと滲み出し、糖衣に閉じ込められて琥珀色の膜となる。炉から出された鵞鳥は、夕日に釉薬をかけたように、深い赤銅色に輝いていた。包丁を入れると、バリッという小気味よい音が厨房に響く。あの音こそ、市井の確かな律動だ。一切れをつまみ、酸梅醤をちょんとつけて口に運ぶ。まず薄皮が軽やかに砕け、すぐさま肉汁がほとばしり、果樹の煙の香りと甘みが広がる。広東人が焼き鵞鳥に寄せる執心は、すべてこの「酥(サク)」と「潤(ジュン)」のあわいにあると、そのとき腑に落ちた。
広府の焼き鵞鳥が火の勢いを借りた賑やかさなら、潮州の滷鵞(ルーガチョウ)は、とろ火でじっくり煮含める穏やかさが身上だ。汕頭の澄海では、大きな瘤をいただいた獅頭鵞(シートウガチョウ)が、どこか威厳をたたえて歩いている。成長に時間がかかるぶん肉はしまり、滋味も濃い。これを煮込むには、とりわけ心遣いが要る。決め手は継ぎ足しの老滷(ラオルー)と呼ばれるたれだ。南姜、八角、桂皮、レモングラス、そして先祖代々の秘伝が、とろりと煮えている。鵞鳥は丸ごと、ぐつぐつと音を立てるたれに浸けられ、何度も引き上げられては休ませられ、じっくりと味を含んでいく。切り分けられた滷鵞の皮は黄金色に照かり、肉には複雑な香りが染み込んでいる。白眉は鵞頭、鵞肝、鵞掌。とりわけ鵞頭は、骨のすきまにまで味が滲み、通はそれをきれいに解体してみせる。ほとんど敬虔な食事の儀式のようだ。
広東の人びとは、鵞鳥を誇らかに、そして情愛深く食べる。節句や祭りの供え物に欠かさず、神や祖先への誠のしるしでもある。宴席に艶やかな焼き鵞鳥か滷鵞が一皿あれば、主のもてなしの面目もひとしおだ。子どもが試験を頑張れば、半羽ぶんの鵞鳥が食卓にのぼり、遠くから帰省した家族を迎えるのは、鵞のモツと青菜の炒めものと決まっている。鵞鳥は嶺南の歳月にぴったりと寄り添い、主役ではないけれど、一度も欠かさずそこにいる。
ある年配の女性が語ってくれた。幼い頃は父が鵞鳥に息を吹き込むのを見て、やがて夫が焼く姿を見つめ、いまは孫が鵞鳥をほおばるのを眺めている――そうやって代を重ねてきたのだと。広東の鵞鳥は、単なる食材ではない。かまどの煙から伸びた蔓のように、ありふれた家々の悲喜にからみついている。「珠江を泳ぎきった鵞鳥はいない」という言葉は、もしかすると食欲のせいではなく、この土地に生きる人びとが、日々への想いのありったけを、あの消えない香りに託してきたからかもしれない。鵞鳥に口があったなら、きっとよちよちと頷くに違いない――こここそが、私の渡り場なのだと。
珠江を渡れずとも、鵞鳥はしっかりと人の心に渡っていった、というわけだ。
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