マスコミ対応
SISU News Center, Office of Communications and Public Affairs
Tel : +86 (21) 3537 2378
Email : news@shisu.edu.cn
Address :550 Dalian Road (W), Shanghai 200083, China
関連情報
運河の町—揚州
14 January 2026 | By 王胡燕 | SISU

揚州は、古くから「運河の町」として知られてきた。長江と京杭大運河の交差点に位置し、水とともに発展してきた揚州は、水郷ならではの情緒にあふれ、四季を通じて美しい景色を楽しむことができる町である。
春には鑑真路の桜が咲き誇り、夏には瘦西湖の畔に柳が風に揺れる。秋になると江都水利ターミナルの銀杏が黄金色に染まり、冬には国慶路の梧桐が静かな風情を見せる。こうした自然と都市景観は、四季の移り変わりとともに揚州の表情を豊かに彩っている。
さらに、毎年特定の時期になると、運河には「花船」と呼ばれる、色や形の異なる船が姿を見せる。夜になると、花船にはカラフルな明かりが灯され、水面に映る光とともに幻想的な風景を作り出す。その光景は、運河が今なお人々の生活と深く結びついていることを感じさせるものである。
揚州はまた、二千五百年余りの悠久の歴史を誇る都市でもある。その歴史は春秋時代、呉の王・夫差の時代にまで遡る。唐代には「揚一益二」と称され、揚州は当時第一の大都市、益州は第二の大都市であると評された。明清時代に入ると、運河を通じた塩業によって揚州の塩商が莫大な財と影響力を持つようになり、都市は経済的にも文化的にも大いに繁栄した。こうした揚州の栄華は、まさに運河の存在によって支えられていたと言える。
また、揚州は中日交流の歴史においても重要な役割を果たしてきた。唐代、高僧・鑑真は揚州を拠点として活動し、数度の失敗を経て、ついに日本への渡航を果たした。鑑真の東渡は、日本に仏教戒律や建築、医学などを伝える大きな契機となり、揚州はその歴史的出発点として、今なお深い文化的意義を持っている。
近代以降、鉄道や道路交通の発達に伴い、揚州の運河はかつての役割を次第に失い、都市の繁栄も徐々に落ち着いていった。現在、運河は主に観光地として整備されており、地元の人間としては、かつて生活と密接に結びついていた運河の姿が失われたことに、些かの寂しさを覚える。
しかし、運河の沿岸に位置する揚州は、依然として運河の恵みを受けており、エビや淡水魚等の種類は極めて豊富である。こうした自然条件は揚州の食文化に大きな影響を与えてきた。揚州人は食事において、単なる塩気ではない「鮮(うま味)」の追求という、強い食への拘りを有しており、これらは蝦籽(エビの卵)醤油、塩水ガチョウ、きゅうり・生姜・かぶらの漬物等の揚州の食べ物においても看取される。
以上のように、運河の町としての揚州は、美しい風景、悠久の歴史、そして「鮮」を追い求める食文化が調和している。揚州は、水とともに生きてきた人々の記憶を今に伝える、静かで奥深い魅力を有する町なのである。
マスコミ対応
SISU News Center, Office of Communications and Public Affairs
Tel : +86 (21) 3537 2378
Email : news@shisu.edu.cn
Address :550 Dalian Road (W), Shanghai 200083, China
