マスコミ対応
SISU News Center, Office of Communications and Public Affairs
Tel : +86 (21) 3537 2378
Email : news@shisu.edu.cn
Address :550 Dalian Road (W), Shanghai 200083, China
関連情報
スーパーマンとプリキュア
29 January 2026 | By 呂景楽 | SISU

2025年、ジェームズ・ガン監督による映画『スーパーマン』が公開された。本作で描かれるのは、人々の記憶の中にある、あの「無敵なヒーロー」ではなく、悩み、傷つき、普通の人たちと同じように葛藤する、等身大の若者としてのクラーク・ケントである。88年の歴史を持つアメコミの象徴である「スーパーマン」が、その神格化された地位から降り立ち、人間臭い弱さを帯び始めている。この変化は、「完璧な他者」への憧れよりも、「ありのままの自己」への共感を求める現代人の心理を色濃く反映していると言えるだろう。
一方、「ヒーロー」といえば、日本では『プリキュア』という動画シリーズを挙げずにはいられない。2004年の放送開始以来、20年以上にわたって日本で放送され続けている子供向けアニメの金字塔である。ごく普通の少女たちが伝説の戦士に変身して世界を守るこの物語は、今時の日本の少女たちのほぼ全員が一度は通る「通過儀礼」とも呼べる国民的コンテンツであり、その文化的な浸透度はまさに日本版のスーパーマンと言っても過言ではない。
『プリキュア』シリーズは、毎年キャラクターや設定は一新されるが、キャラクターデザインには「暗黙のルール」のようなものが存在する。それは、チームのセンターに立つ主人公のイメージカラーが、ほぼ毎年「ピンク」であり、常に底抜けに明るく、正義感に溢れた「清く、正しく、前向き」なリーダーであるという点である。
しかし、ここで一つの疑問が浮かぶ。世界がリアリティのある「弱さ」や「共感」を求めているのなら、なぜ日本のヒーロー作品『プリキュア』における主人公は、今も変わらず、「絶対的な明るさ」であり続けているのだろうか。
スーパーマンが選んだのは、「上から下へ」のアプローチである。 かつて人々は、自分を救ってくれる完璧な存在が欲しく、スーパーマンを求めていた。しかし暫くすると、あまりに多くの正義を見せられ続けた人々は、完璧な虚像に飽き、自分とはかけ離れたヒーローに疎外感を抱くようになった。そのため、2025年版『スーパーマン』は「神」であることをやめ、「隣人」として私たちに寄り添う。彼が提供するのは、弱さを肯定してくれる「癒やし」としての共感である。
一方で、プリキュアのピンク役が担うのは、「変わらない太陽」としての役割である。実は近年のプリキュア作品でも、「性格に難あり」なキャラクターや、重い事情を抱えたキャラクターが増えている。彼女たちは現代的な「弱さ」や「エゴ」の象徴である。そんな彼女たちの成長には、中心に「絶対的に明るく、ブレないピンク」が必要だと考える。ピンクという「理想」がどっしりと構えているからこそ、周囲の「現実」が許されるのである。

スーパーマンは、今の自分の現在地を肯定してくれる「鏡」のような存在になった。対してプリキュアのピンクは、迷った時に顔を上げるべき「道標」として、今も日本の子供たち、そして大人たちを照らし続けている。
時代は確かに、完璧なヒーローを信じられなくなっているのかもしれない。しかし、自分の弱さを認めてくれる「共感」と同じくらい、迷いを晴らしてくれる「希望」もまた、私たちには必要不可欠なのだろう。降りてくる神と、昇り続ける太陽。この二つのヒーロー像は、複雑な現代を生きる私たちが抱える、「癒やされたい」という願いと「前を向きたい」という願いの表裏一体なのかもしれない。
マスコミ対応
SISU News Center, Office of Communications and Public Affairs
Tel : +86 (21) 3537 2378
Email : news@shisu.edu.cn
Address :550 Dalian Road (W), Shanghai 200083, China
