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中国の馬文化:十二支における馬とその文化


15 January 2026 | By 李楚天 | SISU

十二支は、単なる暦法体系にとどまらず、人間と自然、時間と社会秩序を媒介する象徴的装置として、中国社会に深く根づいてきた。

中国において十二支は、天干地支体系と結びつき、時間季節身体リズムを統合する世界観を構成している。馬が象徴する「午」は、南方および盛夏に対応し、陽気が極まる段階とされる。この位置づけは、馬が単なる動物ではなく、宇宙論的秩序の一部として理解されていたことを示している。

午の時間帯(正午前後)は、太陽が最も高く昇り、人間の活動が最高潮に達する時間である。このことから、馬は身体的エネルギー、行動力、外向性を象徴する存在として把握されてきた。干支占いにおける午年生まれの性格像も、こうした身体性と時間意識を背景として形成されている。

中国社会において馬は、国家形成と不可分の存在であった。特に遊牧文化との接触を通じて、騎馬技術は軍事的優位性を左右する決定的要因となり、馬の保有は国家権力の象徴ともなった。漢代以降、官営牧場制度が整備され、馬は国家管理の対象として制度化されていく。

こうした背景のもと、馬は「功績」「成功」「上昇」を象徴する文化的記号として定着した。「馬到成功」に代表される吉祥語は、近代以降の商業社会においても広く用いられ、馬の象徴性が時代を超えて再生産されている。

また、中国思想において理想的人格がしばしば馬に喩えられる点も注目に値する。儒家思想では、良馬は優れた君主に見出されてこそ力を発揮するとされ、これは人材登用や政治倫理の比喩として機能した。馬はここで、能力と忠誠を併せ持つ理想的主体として構築されている。

美術史的にも、馬は権力と美の結節点に位置づけられてきた。唐代の馬図に見られる豊満で力強い表現は、盛唐期の国力や文化的自信を視覚的に体現していると解釈できる。

日本においても十二支は暦注や民間信仰の中に取り入れられたが、中国ほど宇宙論的体系として厳密に運用されたわけではない。そのため、日本では干支の象徴は、より生活実感に即した形で解釈され、民俗的と宗教的意味合いが強調される傾向が見られる

日本の馬文化は、中国から伝来した馬そのものだけでなく、馬をめぐる象徴的思考様式の影響を強く受けて成立した。『日本書紀』における馬渡来記事は、技術移転と同時に文化的意味が移動したことを示唆している。

しかし、両国における馬の象徴は、次第に異なる方向へ分岐していく。中国では、馬は常に「外へ向かう力」として再解釈されてきたのに対し、日本では「神と人をつなぐ媒介」「共同体を守る存在」として内向的に意味づけられてきた。この差異は、国家形成の様式、宗教観、社会統合の方法の違いを反映していると考えられる。

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