マスコミ対応
SISU News Center, Office of Communications and Public Affairs
Tel : +86 (21) 3537 2378
Email : news@shisu.edu.cn
Address :550 Dalian Road (W), Shanghai 200083, China
関連情報
「縁」のない社会で、私たちは
11 November 2025 | By 潘佳怡 | SISU
街角のベンチに、一人、腰を下ろす人がいる。見知らぬ誰とも目を合わせず、ただ時をやり過ごす。通勤電車の窓に映る自分の顔が、どこか遠い他人のように見える。とこへ行っても、誰もいないはずの空気がじっと漂っている。家族も地域も、仕事も友人も――かつてあたりまえだった「縁」は、知らぬ間に細く、あるいは切れかかっている。
2010年、第58回菊池寛賞を受賞した『無縁社会』は、NHKスペシャルの取材班による調査をもとに、身元不明の遺体、孤独死、単身高齢者、社縁の断絶といった現実を淡々と描き出した一冊である。少子高齢化、未婚化、単身世帯の増加、退職や失業による社会的孤立――誰もがすれ違う日常の片隅に潜む孤独を、冷静な筆致で照らす。ページをめくるたび、隣に座る人や通りすがりの誰かの存在を、少しだけ意識せずにはいられなくなる。無縁社会は他人事ではない――私たち自身の生活の隅々にも、確かに影を落としているのだ。
近年、日本社会では「無縁社会」と呼ばれる現象が注目を集めている。家族形態の多様化や地域コミュニティの希薄化、単身赴任や非正規雇用の増加、そして高齢化の加速などが背景にあり、人々が人間関係や社会的つながりから切り離されやすくなっている現状が浮き彫りとなっている。
日本の内閣府が公表した最新の調査結果によれば、「頼れる相手がいない」と回答した人は全体の約三割にのぼり、特に都市部の単身高齢者でその割合が高い。また、死亡後に長期間発見されない「孤独死」の件数は年々増加傾向にあり、行政や地域社会への対応が求められている。自治体の中には、地域ボランティア組織の再構築や交流スペースの整備を進め、住民同士が自然に関係を築く機会を作り出そうとする動きも見られる。
一方で、個人が自ら望んで「距離」を選び取る場合もあることから、単純に「孤立=悪」と断じることの難しさも指摘されている。経済的、心理的、社会的背景が複雑に絡み合う中で、「つながり」のあり方そのものが再考を迫られていると言える。
専門家は、無縁社会の解消には、行政による制度的支援だけでなく、地域レベルでの緩やかな関係性の回復、さらに企業や教育機関を含む社会全体での意識変化が不可欠だとしている。人々が過度な負担を感じることなく、ゆるやかに支え合える社会基盤の設計が今後日本社会の大きな課題となるだろう。
では、中国側はどうだろうか。
都市に出た若年労働者は故郷を離れ、親子の物理的・心理的距離を増していく。ある地方都市の高齢者は「もう誰にも頼れず、ひとりで死ぬかもしれない」と語る。中国政府が公式に「無縁社会」という用語を使っているわけではないが、日本で使われるそれと同様の孤立・断絶の文脈が、着実に中国にも立ち現れている。
まず、都市部の若者文化に目を向けると、「四不青年」というネットスラングが浮上している。恋愛せず、結婚せず、住宅を購入せず、子を産まず――こうした選択・非選択を自ら口にする若者たちが増えている。この傾向は、単なるライフスタイルの多様化にあらず、むしろ「縁」を結び直すことを回避する動きと受け止められている。「いつか戻るはずの故郷」「頼れる親族」「地域の絆」という安心の基盤が揺らぐなか、自らの選択に縁を残さない生き方を採る若者たちが、無縁社会の前線に立っている。
次に、農村‐都市間の人口移動に伴う「縁」の断裂も深刻である。改革開放以降、中国では大量の農村出身者が都市へ移り住み、土地と祖里、親族というかつての“有縁”基盤から切り離されてきた。かれらは都市の「新しい縁」を構築できず、帰郷の機会も限られ、親世代と物理的・精神的に距離をとるケースが少なくない。このような地縁・血縁の希薄化こそ、無縁社会の中国版における構造的な根底を成している。
こうした「無縁化」の波は、ただ孤立を生むにとどまらない。政策的な視点から見ると、地域福祉や社会保障の担い手となる“縁”が希薄化することで、ひとり暮らし高齢者の孤独死、家族の支えを欠いた若者の自殺率上昇、移民労働者の帰属喪失といった社会リスクが高まる。中国国内の議論では、都市‐農村格差、世代間関係の断裂、親族機能の低下というキーワードが頻出する。
では、この状況をどう捉え、どのように転換すべきか。まず「縁」を単に古い形で守ることだけが答えではない。むしろ、「新しい縁」の創出が喫緊の課題である。地域住民が互いに頼り合うコミュニティづくり、職場・サークル・オンラインを横断する多様なつながりの設計、そして移住・転勤・単身生活者を包摂する制度的な支援が鍵を握る。中国政府も近年、地方都市の高齢者居住支援や農村から都市への労働者ネットワーク構築に力を注ぎ始めてはいるが、縁の希薄化が進む速度と追いついていません。
「縁がなくても生きていける」を是とする社会観ではなく、「縁がなくなったとしても、新たにつくれる」という発想の転回が望まれる。書籍『「無縁社会」論の諸相と展望』が問うように、関係を改めて問い直すことなくして、経済成長も都市化も真の豊かさにはつながらない。
中国の無縁社会化は、決して他人事ではない。日本で顕在化した現象ではあるが、その萌芽が中国でも確実に姿を現しており、むしろ人口規模や移動の激しさゆえに、転換の速さと影響の深さが特徴となる。今、縁を再発明する営みこそ、未来の社会をつくる鍵であろう。
マスコミ対応
SISU News Center, Office of Communications and Public Affairs
Tel : +86 (21) 3537 2378
Email : news@shisu.edu.cn
Address :550 Dalian Road (W), Shanghai 200083, China
